« January 2012 | Main | June 2012 »

April 13, 2012

イースター・コンサート2012

川崎リトルライトシンガーズ、コンサートをします!入場無料です。

どなたでもお気軽にお越しください。

Kawasaki Little Light singers Easter Concert

川崎リトルライトシンガーズ イースター・コンサート

日時:4月22日(日)午後2時~3時半

会場:日本キリスト会川崎教会

入場無料

曲目:Amen/Walking with Jesus/ Lord prepare me/Oh happy dayなど

こどもも大人も、
大好きなゴスペルにイースターの喜びをのせて歌います。
春のあかるい光のなか、
ちいさなコンサートにどうぞお越し下さい。

「easter_concert.pdf」をダウンロード

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 12, 2012

「そんなことをしたら、戦争などできんではないか!」

Rimg0108

4月13日 「人間の生涯には、時として次のような瞬間がある。すなわち、霧のように限りなく幾重にも層をなして神をとり囲んでいるように見えるすべての覆いを透して、魂が神に近づく瞬間である。」 (岩波文庫版 草間・大和訳)

今年のイースター礼拝では、
夫とともに無教会の浦和聖書キリスト集会に出席いたしました。
メッセージはひさしぶりに、藤尾正人さんでありました。
nikkouとしては、5年ぶりくらいでしょうか。
(以前の藤尾さんのお話は「こちら」。藤尾さんのブログは「こちら」)

少しお年を召されたご様子ではありましたが、
それでもユーモアにあふれ、かわらず溌溂としておられました。

藤尾さん、ぐるっと会場をながめて、
「見渡したところ、戦争を知っている人も少なそうなので、
おおいばりで言いますが(←これは、ユーモアです。念のため)、
私は、兵隊に行きました。」

徴兵されたのは、
宝田氏と同じく、生きて帰っては来れぬだろう、と言われた海軍。
若いみそらで何も残さずに死んで行くのはいやだ、と思った藤尾さん、
イエスの「私を信じる者は、永遠の命を得るであろう」という言葉にひかれて、出兵直前に受洗した。
でも、「右のほほを打たれなば、左のほほを差し出せ」(ルカ福音書6章29節)とのみことばに、どうしてもひっかかってしまう。
そこで牧師に、「私は、右のほほを打たれても、左のほほを差し出せません。これができなければ、クリスチャンになれませんか。」と尋ねた。
すると牧師は、「人間みんな、そんなことが、すらーっとできたら、イエス様は十字架にかかっておりません。」と言ったという。
「それじゃあ、わたしでもクリスチャンになっていいんですか。」
「いいんです。イエス様の言うことが全部わかって、全部できてから、クリスチャンになるんじゃありません。」
それで、一安心。

“徴兵後、船の上で身上調査書を書かされた。
住所・氏名・年齢から始まり、家族構成・親の職業や収入などとあって、
最後に「尊敬する人」とある。
クリスチャンになった直後ですから、得意になって「イエス・キリスト」と書いた。
これがいけなかったらしいんですね、呼び出されました。
あとで聞いたら、みんな「西郷隆盛」とか「楠正成」とか、中には「お母さん」なんて書いたのもいたらしい。
ちなみに、呼び出されたのは、私のほかに3人いました。
一人は、わたしの隣にいた、イトウ君。
彼は「リンカーン」って書いちゃった。
敵国の大統領ですよ。相当絞られたんじゃないですかね。
もうひとりは、「キルケゴール」って書いたんだそうです。
彼は、呼び出されて、「キルケゴールって誰だ」と聞かれて、「デンマークの哲学者です」と答えたらそのままだったそうです。”

“わたしは、若い、学生上がりの上官に呼ばれましてね、
「貴様、キリスト教徒か。」と聞かれました。
「はい、そうであります!」
「では、貴様は『右のほほを打たれなば、左のほほを差し出せ』という言葉を知っているか。」
「はい、知っております!」
「貴様!」
と、こうきました。
「そんなことをしたら、戦争などできんではないか!」
そのころ、わたしは、そのころマタイ福音書の「引き渡されたときは、何をどう言おうかと心配してはならない。そのときには、言うべきことは教えられる。実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる父の霊である。」(10章)なんてことばなんぞ知りませんでしたが、
聖書に書いてあることは本当ですよ、
そのとき、わたしの口から、さーっとことばが出て来ました。
「少将どの! それは、山上の垂訓と申しまして、聖書のなかで、最も貴い教えであります!」
まあ、まず、「山上の垂訓」なんていう難しいことばで、ひとつカマしてやったわけです。
そして、こう言いました。
「人間が、そのようなことを、すらーっとできるようでしたら、イエスは十字架にかからずにすんだのであります。」
十字架が出てきたので、相手はめんくらったわけです。
でも、こちらは、受洗のときに聞いた話をそのまま受け売りしただけ、テストの答えをあらかじめ教えてもらってたようなものですね。
まあ、こっちの言っていることがよく分からなかったのでしょう、相手は話を変えました。
「貴様、聖書を持っているか。」
「はい、もっております!」
「では、送り返せ。」
この時はこれで話は終わりまして、
わたしは、馬鹿正直に、聖書を送り返してしまいました。”

“それから、数日後、さらに上官が、号令のときにこういいました。
「ブッカンバ――物干し場のことです。軍隊ではこういうんですね――に、聖書が落ちておった! だれのものだ! 藤尾、お前か!」
わたしではありません、送り返しちゃったから。
でも、そのとき、はっと二つのことを思った。
ひとつは、「そうかー、送り返さないで、隠しときゃよかったー」ということ。
そして、もうひとつ。
「この隊に、もうひとり、クリスチャンがいるな」
と。
みなさん、いないようでいますよ、クリスチャンてのは。”

……お話は、もう一度、「人間がすらーっと、イエス様のいうことが出来ていれば、イエス様は十字架にかからなかった。」というところに戻って、
十字架から遡って、聖書を読む、という話になったのですが、
nikkouは、戦争の話ばかり、なんだか印象深く感じました。

そこで、ふと思ったのですが、
藤尾さんもいつのまにか、こんなにお年をめされて、
おそらく、あと10数年もすれば、
れい子さんや、藤尾さんのように、ことのついでに、戦争の話をする人はいなくなるにちがいない。
そして、さらに50年もしたら、
「「そんなことをしたら、戦争などできんではないか!」なんていう台詞に、おもわず笑ってしまう、というこの価値観のほうが、逆に人から笑われる日が来るのではないか。

歴史を振り返るたびに、そんな恐怖に震えるのであります。

そうならないようにするには、どうしたらいいのか。
戦争を知らない世代では2代目となるnikkouには
語りつぐ、なんていうことばが、妙にむなしいような、無力なような気がする今日この頃なのです。

というのも、先日、渡辺良三氏「小さな抵抗」という歌集を読んだからであります。この本については、また次回に。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 11, 2012

奇跡も語る者がいなければ

『眠られぬ夜のために』第一部 「栄誉の辞退が世間に知れわたることを熱心に期待しながら、それをするような人は、すこしも謙遜とはいえない。しかも、たいてい、そんな底意を世間では気づくまいという甘い考えをいだいているのだ。」 (岩波文庫 草間平作・大和邦太郎訳)

Rimg0118

ごぶさたです。
もう、本当に忙しくて忙しくて、自分のブログさえ開く暇もありませんでした。
このごろ、ようやく一段落。
ブログもぼちぼち再開していきたいと思います。

さて、
3月には昇天者記念礼拝(教会につながる人で、すでに召された人たちを記念する礼拝)、
そして、4月8日はイースター礼拝でありました。
面白いことにどちらでも、60年前の戦争の話を聞くことができました。
貴重な証言だと思いますので、ここに書き留めて、みなさんにシェアしたいと思います。

まずは、昇天者記念礼拝でのお話。
礼拝に、山本れい子さん(山本七平夫人)と、妹さん3名の4姉妹が礼拝に参加、
ことばづかいや身のこなしに、昭和の令嬢たちの雰囲気が漂っていて、とても興味深く感じました。
ただ、一番面白かったのは、
長女れい子さんが、食事のあとに、つと立ち上がってなさった
姉妹のご両親、宝田一蔵・あいご夫妻の思い出話でありました。

宝田一蔵氏は、無教会クリスチャンだったそうで、
新潟から上京直後はお金がなかったために、無教会の伝道所の「今井館」に寝泊まりしたそうで、このブログの読者の方には、直接ご存じのかたもおられるかもしれません。
戦争では、海軍として徴兵され、魚雷を積んだ戦艦に乗ったそうですが、
サメのうようよいる南方の海で、
アメリカ軍の放った砲弾を浴びる事態に遭遇したそうです。
戦艦内は大パニック、砲弾にあたって死ぬか、放り出されてサメの餌食になるか、もはやこれまで、と上へ下への大さわぎのさなか、
ある若い兵士が、ふと、宝田氏の様子に目を留めたそうであります。
宝田氏、戦艦内のパニックをよそに、ベットに腰かけ、この状況下まさかの「聖書」を膝に、じーっと祈っていた。
その若い兵士は、「宝田さんは、クリスチャンであったか、クリスチャンってのは、すごいものだ、肝の据わり方がちがう。」と、強い衝撃を受けた。
砲弾は幸い船にあたらず、そのまま敗戦を迎えて、無事帰国。
この兵士は、復員後、すぐにクリスチャンとなり、家族全員にも、クリスチャンとなるように勧め、
さらに、宝田氏の伝道旅行にもつき従ったとのこと。
れい子さん、いわく、
「わたしたちは、言葉でなんとかしよう、なんとか福音をつたえよう、としなくても、
行動で、自然に、神様のすばらしさがにじみでるようになることで
一人の人を、福音に導くことができる。
そういうことを、父から学びました。
彼ひとり、福音に導くことが出来ただけで、
父は、生きた甲斐があったと思います。」

さらに、母あいさんの話。
戦後、夫に従って子供たちをつれ新潟にもどり、
慣れない畑仕事を始めた。
苦しい毎日のなか、鍬を担いでの帰り道、ふと、微笑みが漏れた、といいます。
「あら、わたしなんで微笑んだのかしら」とあぜ道で立ち止まった。
「ああ、そうか、イエス様のことを考えていたからだ。」
そこであいさん、帰るなり、紙に墨書きで「宝田あい 聖書集会」と書き、
その場にいたれい子さんと妹さんのお一人に
「これを、町の電信柱に貼ってきなさい」と命じたそうであります。
「今みたいに、接着剤なんてありませんから、米粒で貼るんですの。それはもう、恥ずかしくて恥ずかしくて。」とれい子さん。
あとで、あいさんも「あのとき、本当ははずかしくて、あなたたちに貼りに行ってもらったの。ごめんなさいね」とおっしゃったそうです。それでも、聖書集会をしようとおもったのは、

「戦地から引き揚げて来て、わたしより辛い思いをしてい人たちは、いまたくさんいる。
そういう人たちを、励ましたかったの。
だから、聖書集会をすることにしたの。」
聖書集会がきっと人を励ます、とまっすぐ信じた、
なかなか、現代には聴くことのない、まるでおとぎ話のようにまっすぐな信仰の証言でありました。

イースター礼拝では、
藤尾正人さんのお話を聞きました。
これはまたあらためて。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« January 2012 | Main | June 2012 »