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July 18, 2012

『歌集 ちいさな抵抗 殺戮を拒んだ日本兵』(渡部良三)について

『眠られぬ夜のために』第一部「7月15日 信仰とは、神へ向かってひたすら努力することではなく、神に己れをゆだねることである。つまり、われわれが神の門をたたくのではなく、むしろ神がわれわれの門をたたかれるので、われわれは神にそれを開かねばならないのである。」(岩波文庫:草間平作・大和邦太郎訳)

ずいぶん間が空いてしまいました。
ようやく仕事も一段落。また秋から忙しくなるので、
今のうちに、やりたいことをいろいろやっておこうと思う。
それでもって、このブログに書こう書こうと思っていたことのひとつ、『歌集 ちいさな抵抗』(渡部良三)について、シェアしたい。

無教会の集会に出ると、ときどき話題に上る歌集である。
長い間、私家本しかなかったのだけれど、最近、岩波現代文庫に収録された。

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アマゾンの内容紹介にはこうある。
「日中戦争アジア太平洋戦争末期、中国戦線で中国人捕虜虐殺の軍命を拒否した陸軍二等兵の著者は、戦場の日常と軍隊の実像を約七百首の歌に詠んだ。そしてその歌は復員時に秘かに持ち帰られた。学徒出陣以前の歌、敗戦と帰国後の歌も含めて計九二四首の歌は、戦争とその時代を描く現代史の証言として出色である。戦場においても、人を殺してはならないという信条を曲げなかったキリスト者の稀有な抗いの記録である。」

よく紹介されるのは、次のような歌。

祈れども踏むべき道は唯ひとつ殺さぬことと心決めたり
鳴りとよむ大いなる者の声きこゆ「虐殺こばめ生命を賭(かけ)よ」

かっこいいです。
でも、実際に読んでみると、びっくりします。いや、びっくりなんてもんじゃない。
おぞましい。
吐き気がする。
怖い夢を見そう。

あえていくつか引用してみますが、気持ち悪いものを見たくない人は、読まない方がいいです。

纏足(てんそく)の女(おみな)は捕虜のいのち乞えり母ごなるらし地にひれふして
屠場(とば)の臓物(もつ)放るがほども無造作に助教等捕虜の屍(し)を穴に捨つ
双乳房(もろちち)を焼かるるとうにひた黙(もだ)す祖国を守る誇りなるかも
(註:拷問に乳房を焼くのは主に、女性に対する方法で、ろうそくまたは菜種油の灯で乳首から焼いてゆく)
隠れ居し老か火達磨に叫びつつまろびいでしを兵は撃ちたり

女性への拷問や強姦、慰安婦などについて詠まれた歌については、
もう、おぞましさに鳥肌が立つ。
だれだ、こんなことしたやつは、あぶり出せ、と言いたいところだけれど、
じつは、実名が出てくるのだ。

「俺が殺(や)ってやるこっちへ来い!」鋭(と)き叫びわが分隊長鷲津軍曹
殺人演習に新兵(へい)のさき手を担いたる「今野」は戦死第一号となりぬ

自業自得、という言葉が脳裏をよぎるすぐそばに、こんな歌がある。

さ穏しき死顔もてり捕虜虐殺を拒みし吾を諾(うべな)いし戦友(とも)

もう、自業自得も因果応報もへったくれもない。
良いも悪いもいっしょくたで、作者も感覚が麻痺していく、とある。

「死」に怯え思想も信仰(しん)もあとかたなしひと日のいのち延びし安らぎ
人倫(みち)ふまぬ戦野ゆきつつ追い追いに神おそるるを忘れはてしむ

アマゾンの書評に、

「著者が刺突訓練を拒否したのは希有なことである。戦地での抗命として死をも含む処罰を覚悟しなければならない行為であった。事実その後制裁がくりかえされる。著者はその動機を「殺すな」という神からの声であると説明する。キリスト教徒ではない私にはそのあたりの機微はわかりにくい。「平和」な世に生きることを許された我々にとって刺突訓練は想像するだにおぞましい出来事であるが、そのようなモラルや生理的な抵抗を打ち砕くために実施される訓練なのだ。考えたくないことだが、かくなる状況に至ったとき果たして私が拒否できるか、そのことを思うと戦慄する。」(空満)
とある。
nikkouはクリスチャンですが、nikkouにも、「そのあたりの機微」はわからないですよ。
そういう状況で「声」が聞こえる、ということはおろか、そういう状況に置かれることすら、想像の外にある。


だから、かえって、恐ろしいと思うのだ。

前々回のブログで「戦争を語り継ぐ」という言いまわしに、無力感を感じる、と書いた。
それは、つまり、「語り継ぐ」内容に、現実味がなさすぎる、ということだ。

では、現実とは何か。

リアルな想定としては、たとえば、隣の半島で、大戦争が勃発する。
「うまくすれば」餓死者を出すような独裁国家が消滅するかもしれず、もっと「うまくすれば」日本人がぞろぞろ解放されるかもしれない。
もし、そういうふうに世論が動いたら(あるいは操作されたら)、
「殺すな」という「神の声」に従って反論する、ということができるだろうか。

あるいは、福井県にある原発銀座に隣からびゅんびゅんミサイルが打たれて、それが命中してしまって、とんでもないことになったりする。
これをそのままにしておいていいのか、これは自衛戦だ、って世論になって、
グッドタイミングとばかりに、世界のあの国この国が支援を申し出て、
さて、日本開戦、となったときに、
「殺すな」という「神の声」に従って、反対できるのかどうか。

子供のころ、「はだしのゲン」や「蛍の墓」のアニメやら、
「ヒロシマナガサキ」だの「ひめゆりの塔」だのの証言を
ずいぶん見せられ、聞かされ、
感想として「戦争は怖いと思いました。二度と戦争をしてはいけないと思います」と書けばニ重丸、という「儀式」的な行為に、すごく、違和感を感じてきた。
ちょうど中学生の折、湾岸戦争がおこり、
自衛隊を派遣すべきか否か、ということで大人も子供も(つまり、学校の中も外も)おおいにもりあがった。
そこで、あれ? と思った。
「湾岸『戦争』」の「戦争」と「ひめゆりの塔」の「戦争」は、同じではないのか?
今、「戦争はいけないとおもいます」と言っても、だれも、問答無用でニ重丸をくれないのか?

第二次世界大戦を経験した人たち(山本れい子さんや、藤尾正人さんのような人たち)が存命中であれば、
かれらは、世論を形成するひとりひとりとして、
実感をもって、戦争を拒否するだろう。
しかし、彼らを失ったあとの「語り継ぎ」に世論を構成する力があるだろうか。
つまりなにが言いたいかというと、
「語り継ぐ」ということはもちろん大事だけれど、
そこに寄りかかりすぎてはならない、
というか、それが戦争の抑止力になると過信してはならない、
もっと主体的に、じゃあ、どうしたら起こりうる悲劇を阻止できるのか、
現実的に考えなければならない、と思うのだ。

そう考えた時、
渡部氏の歌の、もっと根本的な意味に思い至るのである。

戦争は怖い。もちろんそうだ。
人間は愚かだ。それは、今後も、思い知らされるかもしれない。
日本が巻き込まれる戦争がおこったとき、どう考えたらいいのか、その時々に、立ち止まって考えなければならないだろう。

そしてそのとき、世論と異なる道を進む、ということが、ありうる。

そう、ありうる、それだけは、覚えておくべきだと思う。
そのとき有効でなくとも、
たとえ無力感におちいっても。

最後に、もうひとつ。
渡部氏は「自分はしなかったけど、こういうひどいことをした人たちがいた」と「語り伝える」側だった。
でも、「そういうひどいことをした」人たちは、戦後どう生きたのだろう。
まだPTSD(心的外傷後ストレス障害)なんて言葉などなかった時代、
そんな現場にいたら、精神を病まずにはいられまい。
罪悪感にさいなまれることはなかったのか。
あまり聞かないけれど(たぶん、聞けない)
日本中に、そんなお年寄りたちがいたんじゃなかろうか。

彼らの苦しみに、救いがあるよう、祈りたい。

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Comments

はじめまして。
「渡部良三」を検索し、このブログを見つけました。
「殺してはならない」という大前提があっても、現実の、個々の具体的な状況の一つひとつ対応するマニュアルなどなく、「その時々に、立ち止まって考えなければならない」ということなのでしょう。「そしてそのとき、世論と異なる道を進む、ということが、ありうる」のでしょう。すぐに状況を変えられなくても、無力に思えても。
貴ブログの記事から、多くを学んでいます。ありがとうございます。(伊藤一滴)

Posted by: 伊藤一滴 | August 11, 2014 at 01:34 PM

伊藤一滴さん、はじめまして!
こんなにつたないブログに目を留めてくださって、ありがとうございました。
この記事を書いたのは2年も前なのですが、
最近、なんだか書いたことが現実になりそうな、不穏な空気がありますね・・・。嵐がきませんように、そしてもし嵐の日であっても、光を見失いませんように、と祈るばかりです。
伊藤さんのブログ、拝見いたしました。
息子さんあてのメッセージ、親になったばかりのnikkouには、強く心を打たれました。伊藤さんご夫妻のような父母になりたい、と思いました。こちらこそ、多くを学ばされました。ありがとうございます。
そうそう、山形には、私の敬愛する信仰の友がおります。
小国フォルケ・ホイスコーレというフリースクールの先生をしていらっしゃる武さんという方です。ブログのURLをご紹介しますね。
おりしも、記事のなかで、渡辺良三さんのお父様についてお書きになっています。ぜひこちらのブログもご訪問くださいな。
http://folke.exblog.jp

Posted by: nikkou | August 16, 2014 at 10:22 PM

nikkouさん、ありがとうございます。一滴です。
教育者である武先生のお名前は耳にしていましたが、フォルケ・ホイスコーレをなさっているとは知りませんでした(あの先生が!と、ちょっとびっくり)。「フォルケ・ホイスコーレ」と呼ばれるものを、何となくイメージできるようになりました。一般の学校や社会になじめずにいる人が多数いる今、こうした活動が全国に広がってほしいと願います。心ある人たちが活動しておられるようですが、その方たちの負担が大きいのではと、ちょっと心配です。
求める人が多いのに、働き手は少ないです。

渡部弥一郎氏と良三氏の父子について、自分のわかる範囲でまた書いてみました。
今、国民の多数が社会に無関心になって流されていくような日本で、少しでも「否!」と言いたいです。私の言い分など、日本の中の一滴にもならないかもしれませんが、それでも言わずにはいられない思いです。
子どもたちも、そして大人も、生きにくさを感じてしまう時代ですが、それでも私は未来の可能性を信じたいと思っています。
(伊藤一滴)

Posted by: 伊藤一滴 | August 25, 2014 at 05:20 PM

一滴さん

働き手が、少ない、本当にそうですね。
必要とされている場は本当に多いのに。
だれもがすこしずつでも手を差し伸べ合えればいいですね。

そして、力強い言葉に、こころからアーメンです。
私も、未来の可能性を信じたいと思います。
内村鑑三も、新渡戸稲造も、日本が戦争に向かっていく暗い時代に亡くなったそうですが、亡くなる前は、とても明るかった、と聞いています。
その時代だけを見たら、たしかに戦争に突入していたのかもしれない。でも、内村も新渡戸も、その先の未来を見ていたのかもしれない、と思います。そして、未来を信じられるだけの、たしかな生き方を次世代に手渡した、という充足感もあったのかもな、って。
それをーーそういうふうに次世代に手渡すことのできる「それ」を、「永遠の命」と呼ぶのかもしれない、と思います。
私は、今、「永遠の命」をこの胸に受け取ったな、と思っています。そして、「永遠の命」の一日を、今日も生きたかな、と振り返りつつ生きていきたいです。

Posted by: nikkou | August 30, 2014 at 11:35 PM

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