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November 16, 2013

やっぱり欲しいわ、永遠の命

最近、映画鑑賞が趣味になって、毎晩DVDで映画を観ている。
先日は、トミー・リー・ジョーンズ主演の「告発のとき」を観た。
日本では缶コーヒーのCMで宇宙人を演じてすっとぼけた味わいを出しているトミー・リー・ジョーンズであるけれど、この映画ではベテランのハリウッドスターとして、重厚な演技をしております。

詳しいあらすじは申しませんが、イラク戦争したせいで、アメリカの帰還兵の心の荒廃たるや凄まじいことになってるよ、という話でありました。
たいへんいい映画だったので、ぜひ皆さんに観ていただきたいと思います。(予告編を貼っておきます)。


この映画と同じようなことは、たしかベトナム戦争でも言われていたはずで、アメリカはイラク戦争でもなお、同じことを繰り返しているんだなあ、とため息が出る。
日本は憲法9条を廃棄するだの改定するだのと長く議論をしているけれど、
その憲法の草案を作ったアメリカこそ戦争放棄・軍隊非保持の憲法を持たないと、内部から崩壊するんじゃないか、と心配になる。
日本憲法9条を改定するより、
世界中の国が「9条」をもつのが、それこそ「戦争の抑止」になるんじゃないかと思うが、
まあ、幻想だよなあ……、
祈り続け、祈り伝えていけば、何千年後かには、実現したりするだろうか。

そんなことを、Facebookに書いたら、
友人たちが、「遠い夜明け」という映画を教えてくれた。
南アフリカにおいて、醜悪なアパルトヘイト政策が行われていた時代、
黒人の自由と人種の平等を説いた若い黒人活動家、スティーヴン・ビーコと、
彼を支援した白人ジャーナリスト、ドナルド・ウッズの友情を描いた映画だ。

これもとてもすばらしかったので、ぜひ皆様に観ていただきたい。
(映画とコラボレートしたピーター・ガブリエルのビーコという歌を貼っておきます。)


スティーヴン・ビーコは、1977年30歳の若さで拷問死する。
義憤にかられたドナルド・ウッズは、彼を伝えようと亡命を決意する。
ウッズの脱出を、多くの黒人たちが、「ビーコの友なら、我々の友だ」と助けるのである。
その様子を映画で追いながら、nikkouは、まるで、ビーコの魂が生きて、友を守っているようだ、と思った。
肉体死しても、魂は滅びずか……とつぶやいて、ふと、聖書の有名な一節が脳裏に浮かんだ。

「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。
独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」
(ヨハネによる福音書3章16節)

そうか、ビーコは、肉体を殺されても、「永遠の命」を得たんだなあ、と何気なく思って、はっとした。
「永遠の命」ってそういうことだったのか!

nikkou は、ぶっちゃけ、この聖書の一節があんまり好きではなかった。
なんか、取引っぽいんだよね。
イエスを信じたら、ご褒美に「永遠の命」をあげましょう、信じない人にはあげません、残念ですね怖いですね、どうですか欲しいですか、じゃあ信じてください、
……みたいな。
でも、肝心の「永遠の命」ってのが、なんだか得体がしれなくって、nikkou としては、まあくれるんならもらっておくけど特に欲しくはないかな、くらいな気持ちだった。

でも、そうじゃないんだ。
ご褒美でもなんでもないんだ。
本当に、イエスをーーつまり、イエスが伝えた真の自由や平等や愛や平和ーーを信じるなら、
たとえそれを信じたために殺されたり、一生報われなかったとしても、
後世、真の自由や平等や愛や平和が築かれる日まで、
その魂は決して、それこそ「永遠に」滅びない、
という「事実」を、
福音書が書かれた時代、つまりイエスの死後、人々は目の当たりにして、
それを、わたしたちに伝えようとしたんじゃないだろうか。

「遠い夜明け」のラスト、ビーコ以外にも、平等のために闘い、おそらく拷問死したであろう人名が次々とリストアップされる。
それをいたたまれない思いで見つめながら、みことばを噛み締めた。
この世界に、いつか真の自由や平等や愛や平和がきっとやってくる、
人間が信じなくても、神様は信じている。
そのくらい、この世界を愛している。
だから、それを信じたこの人たちは、死なない、
永遠の命を生きている。
きっとそうだ。
そうじゃなきゃ。

この映画に描かれた通り、1970年代の南アフリカでは、アパルトヘイトが破られるときは永遠にこないと思われていたのに、1994年、とうとうネルソン・マンデラ氏が大統領になった。

今は夢のようなことでも、そう遠くない未来、かなうかもしれないよ、と友人たちは言う。

そう、
だから、
世界中の国々に憲法9条を。
そんな夢のようなことも、
強く強く信じ、
その上に立って、日々の生活を踏みしめていくのなら、
いつか、叶うのかもしれない。

「永遠の命」って、
死んだあと、クリスチャンになったご褒美として、不幸なこの世とまったく無関係のカムフォタブルな天国でずーっとハッピーでいられますよ、
って意味じゃない。
私が死んだあとも、イエスを信じて生きた道のりは、きっと引き継がれ、その思いは永遠に滅びない、
そういうことなんじゃないかと思う。

だとしたら。
わたしも欲しいわ、永遠の命。
子どもたちの、そしてまたその子どもたちの世界のために。

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