December 16, 2009
December 06, 2009
おじいちゃん牧師、旅立ち
「末期の目でみる」というのは、誰のことばだったか。
内村鑑三かしら。
書こう、書こうと思っているうちに、一年がすぎようとしております。
nikkouが通う川崎教会のおじいちゃん先生こと、高橋秀良牧師、天に召されたのは、昨年のクリスマス前、79歳でした。
先々週は、高橋秀良牧師が最後の礼拝説教をしてまる1年、ということで、その記念の礼拝でありました。昨年の今頃は、最期の日はいつかいつかと教会もご家族も、はらはら見守っておりました。
高橋牧師は今から3年前の2006年夏、前立腺がんの告知を受けました。
告知のあった週の礼拝後、本人の口からそのことを告げられて、みな、思わず緊張してシーンと静まり返ったことを思い出します。
ところがおじいちゃん先生、抗がん剤投与の治療を拒否、「わたしは、残された時間を闘病にすごすよりも、家族とともにすごし、読書をし、そして、伝道に尽くしたい。」と主治医に告げ、
通院しながら、がんの育成を遅らせるホルモン剤の投与をすることになったのでした。
がん宣告を受けつつも我らがおじいちゃん先生、これまでとまるで変わらぬ豪快な笑顔で
「汝の敵を愛せって言われたから、私はガンを愛するよ!」とか、
「私はガン患者だから、これはみんな、遺言と思って聞くように!」とか、
「今の讃美歌は、わたしのお葬式で歌ってください」などなど、
ジョークを飛ばしまくり、
変わらず礼拝でメッセージを語り続けた。
そして主イエスのことばの中でも特に、
「君たちのうち、だれが思い煩ったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。
野の花を見よ、紡ぎもせず、織りもしない。
しかし、私は君たちに言う。
栄華を極めた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
今日は野にあって、あすは炉に投げ入れられる草でさえ、
神はこのように装ってくださるのなら、
君たちにそれ以上よくしてくださらないはずがあろうか。」(ルカ福音書12章)
とあるところを、くりかえし、くりかえし読んだ。
ガン細胞は、徐々に背骨に、足に、転移し、杖なしでは歩けなくなり、やがて車いすになった。
そして、礼拝のたびに、衰えていく身を示しながら、
「私たちははたして『自分の力で生きている』のか、
それとも『神のご配慮によって生かされて生きているのか』」
と、時に火を噴くような勢いで語った。
なんせガン患者、説得力があります。
そのとき初めて礼拝に出席していた近所のおじさんが、思わず「そうか!」とつぶやいたほどでした。
そんな調子で、がん宣告から1年経ち、2年経ち、
なんだか、おじいちゃん、このままガンを克服してしまいそうなんじゃない、とだれもが思い始めた2008年の夏、
突然、熱中症を起こして、救急車に運ばれた。
ところが一週間もたたぬうちに復活して、
「ラザロじゃないけど、『秀良! 起きなさい!』と主に言われた。」とニコニコと礼拝に出席していた。
しかしここから急速に勢いが衰え、今からちょうど1年前の11月第四日曜日、ふたたび救急車で運ばれていった。
このときおじいちゃん先生は「お別れが近い」と悟ったらしい。
息子である誠牧師を通じて、
「なるべくたくさんの人に、病院に会いに来てほしい。眠っていたら、起こしてほしい。お別れを言いたいから。」と伝言した。
nikkouも、翌日から青森に研修に発つ相方と一緒にお見舞いに行った。
そのとき秀良牧師はすでに「お別れモード」で、
それは、しみじみしたものでも、悲しいものでもなくて、
なんだかとても決然とした様子、
「とめてくれるな、いざ、旅立たん」って感じだった。
nikkouも、すでに祖父祖母を見送っていたけれど、
病室でこんな決然とした雰囲気に接したことはなかったので、
どうしていいのか、正直分からず、
ただ、「はい、はい」と話を聞くばかりだった。
「先生、また夏の時のように、復活してください。」
と言うと、
「あーーっ、もういい、もういい、もう、夏とは違うんだ。」
と遮られた。
「この世が楽しい、と思うのは、健康だからだよ。
体が少しずつ朽ちていくと、
もう、あっちのほうが楽しいだろうな、と思うんだよね。
ごはんもおいしくないしね。
いま、うとうとしながら、讃美歌を口ずさんでいたんだけど、
ああ、行き先がわかっているって、
うれしいなあ、ありがたいなあ、と思った。
信仰がない人は、きっと怖いだろうね。
われわれは、また会えるからね、怖くないね。」
と、淡々という。
そう、「今日はいい天気だったね」みたいな話をしている調子で、
本当に当たり前のこと、という感じで。
旅立ちの時は神様が決めるのだから、人間にはどうもしようがないのだけれど、
こんなふうに旅立ちの支度が出来るなら、
決して死ぬのは怖くない、と思った。
そう、正直に申し上げると、 我が意を得たり、とばかりに、
「死ぬのも、証しだからね」とにんまりした。
それから数週間後。
ほとんどベットから起き上がれなくなったころ、
息子の誠牧師がお見舞いに行き、いつものように静かに話して、「では、また明日来るね」と病室を出ようとすると、
秀良牧師、突然、病人とは思えぬ大きな声で
「人生で、もっとも幸せなことはっ!!」
と、叫んだそうであります。
「なんだい?」と誠牧師、あわててベットに駆け戻ると、
「主イエスが、最後まで、ともにいてくれることだな。」
と、今度は静かに言ったそうです。
そこで誠牧師、「アーメン!」と答え、
ふたり、がっちりと握手をしたそうであります。
秀良牧師が召されたのは、それから数日後でありました。
病院から危篤を知らされ、駆け付けた家族が手を取り、秀良牧師の愛唱歌「アメージング・グレイス」を歌うと、呼吸が静かに歌に合ったそうであります。
歌うのをやめると、呼吸が苦しそうになる。
歌うと、一緒に歌うように呼吸が上下する。
そんななか、すーっと、霊が身体を抜けるのを、その場にいた家族の方たちは感じたそうです。
高橋牧師、亡くなるまで「臨床体験」の本をずいぶん熱心に読んでいたそうで、
「死ぬときは、身体から魂が、すーっと抜けるらしいぞ! これはおっもしろいぞー!」と笑っていたそうであります。
そんなわけで、この瞬間、奥様、思わず、
「あなた……、……面白かった?」
と聞いてしまったそうであります。
最期の最期まで、
なぜか希望に満ちた、明るいお別れでした。
死の報に接したその日、nikkouは日記にこう書いた。
「悲しいというよりは、 もっと熱い気持ちです。
感謝とか、もろもろ。
『顔をエルサレムに向けて』、
神様から与えられた道をきっちりと歩みきって、
神様から「よし、ここが地上の生活のゴールだ」とOKが出たら、
天に帰る。
そんな、主イエスが示された生き方をお手本に生きたい。
寄り道しつつ、脇道にそれつつで、なかなか難しいけれど、
きっちり歩みきれば、
生きているときも、死ぬ時も、すごく、すごく幸せなんだなあ、と
おじいちゃん先生の地上の最後の日々に接して思った。
「永遠の命」が、すこぅし分かった。
最期の日まで、わたしも、きっちり歩みきりたい。
今夜が地上の生活のゴールでも、がっかりしないように、生きようと思う。」
May 14, 2009
キリスト教・無教会青年全国集会(2)
2日目は、小舘美彦さんのリードで、内村鑑三の信仰論について学ぶことからスタート。このあたりが「無教会」らしさであります。
nikkou的に、心にコツン、とぶつかってきたのは、
「信者の義はその(十字架の)中にあるのである。それが広義となりて社会に現れ、善行となりて世の称賛を招くに至るのを待つ必要はないのである。」(「信仰の強弱」より)
「多くの人は信仰に達っせんと欲するがゆえに達しえないのである。信仰に達する真の道は、達っせんと欲する努力をやめて、自己をそのまま彼の御手にゆだねまつるにある」(「信仰の道」より)、
「神を愛し、罪を恐れず、十字架上のキリストを仰ぎみておのれにかえりみて自ら神前に義たらんとつとめず、これ大胆者の信仰である」(「大胆なる信仰」より)
という文章。
小舘兄は、内村鑑三が、「私たちはことさら愛や善行を実践する必要がないこと。ただひたすらすでに十字架において救済が達成されていることを信じさえすればよいと述べる」。
つまり、「信仰よりも愛の行いや善行を優先してしまうことは間違っている」と主張したと解説。
ただ、「愛の行いや善行そのものを否定したわけではない。信仰の恵みとして愛の行いや善行が生まれることはもちろん良いことであるし、信仰を強めるために努力して愛の行いや善行を行うこともよいことなのである。」
そして、このような信仰観(信仰そのものが目的であり、愛や善行は恵みないし手段であるという信仰観)から、「多少の間違いを犯してもよいから、神の前に正しいと思ったならば、がんがんチャレンジして生きろと呼びかける」と解き明かしてくれた。
小舘兄、最後に「『いや、それは違うだろう』と思う人もいると思う。それは結構なんです。内村が100%正しいなんてことはないから。みなさんの経験と照らし合わせて、内村の言葉をよく考えてみてください」としめくくった。
ああ、こういう感覚が健全だよなあ、カルトじゃないまともな宗教って感じがするなあ、と思いつつ聞いておりました。
じつは参加者から挙げられた「信仰上の疑問点」に、「ほんとうにキリスト教とは、一番すぐれた信仰なのだろうか? 私の知っている仏教徒には、本当に尊敬すべき人格を持ち行動もされている人がいる。」「『キリスト教は、一番すぐれた信仰』という考えは高慢ではなかろうか」というのがあったのです。
もう、これはねー、日本でクリスチャンやっている限り、避けて通れない問題ですよねー。オール・クリスチャンの、アメリカ南部の黒人教会じゃあ、まずあり得ない疑問だろう。
それに対して、今日ひとつの答えが、内村鑑三から示されたな、と思ったわけです。
別に、人格者になるため、善行をするために、私たちはキリスト教信仰が与えられたわけじゃないでしょ、というのが内村鑑三の考えじゃないか、と思ったのです。なんせ、彼は儒教道徳をバックボーンにもったお侍さんだったわけで、儒教道徳をまじめに守ったほうが「人格者」になれたかもしれない。
でも、どの宗教が優れているかどうか、とか、どうしたら人格者になれるのか、なんていう問いかけなんかふっとぶような、(吉村孝雄さんの言葉でいえば)圧倒的な迫り方、(nikkouの実感からすると)すごい開放感でもって、信仰が与えられて、結果的に、人格者になる人もいるかもしれない(ならない人もいるかもしれない。あたしみたいに。)。
「キリスト教が一番すぐれた信仰」かどうかは、nikkouには、わかりません。nikkouも、すごくすばらしい仏教徒の人を知っています。古い神社仏閣を散策するのだって好きだ。
でも、人格者になれるかどうか、ということは、あまり比較基準にならないのかもしれない、と思った。nikkouの人生においては、主イエスが開放を与えてくれた。それだけは確実に言える。
ただ、こんなことを考えられるというだけでも、この日本に生れてよかったんじゃないかな、と思いました。
続いて、昨日同様、ディスカッションの時間がもたれました。
「信仰とはなにか」という今回のテーマについて、「逆に、信仰がない、とはどういうことか想像してみよう」「神様は、信仰をわたしたちに与えることで、何を望んでおられるのだろう」というテーマが小舘兄から出される。
後者については、「そんなの、神様しかわからないんじゃないの」という声があがる中、わたしのいたグループからは「昨日のゴスペルでしょ。This little light of mine!(神様が私たちの内に与えてくれた小さな光を輝かせよう、という讃美)」「こうやって語り合う中で、エマオの旅人みたいに心が燃えてくること」という名言が飛び出しました。
アーメンでありました。
「青年会のブログ」にも、今回の報告が載っています。Lamb's Foldー青年会のブログー : 青年全国集会に参加してきました
May 13, 2009
キリスト教・無教会青年全国集会(1)
ゴールデンウィークの5月5日・6日に、夫婦で「キリスト教・無教会青年全国集会」に行ってまいりました。テーマは「信仰を持って生きるとは」。
とても楽しく、充実した一泊二日となりました。
名古屋の小さなホテルで、総勢26名、全国から集められた無教会にかかわる同世代が、ディスカッションをしたり、祈りあったり、そしてゴスペルを歌ったり(!)しました。
冒頭に、青年全国集会のリーダーで、無教会の若い伝道者でもある小舘美彦さんから、青年全国集会の三原則が掲げられました。
1)恐れずに、正直に心を開くこと。言いたいことは遠慮なく口にすること。
2)たがいに尊重しあうこと。他人をバカにしたり、傷つけないように配慮すること。
3)打たれ強くなること。傷ついても、神様がくださった試練だと思ってぐっとこらえること。
三原則が守られたのか、2日間、さまざまな機会でもたれた話し合いで、私自身は一回も嫌な思いをすることなく、楽しく語り合うことができました。(でも、私がだれかを傷つけたりいやな思いをさせたりはしたかも。この場を借りて、ごめんなさい。)
最初の聖書講義は、徳島聖書キリスト集会の吉村孝雄さん。唯物論者ばーっかりだった大学生時代、ある日一冊の本によって主イエスに出会い、まったく変えられてしまったこと。仏教も勉強したし、コーランも読んだけれど、そうしたほかの宗教と比較して、キリスト教がいい、と思ったのではなく、圧倒的な力で主イエスが迫ってきたこと。「信仰」とは、自分で選びとったり、研究の対象とするものではなく、一方的に与えられ、圧倒的に迫り、今生きて働いているものであること。そして、今日集った若者から、主に促された働き人が起こされることを願っていること。
・・・そんなことを話されました。
その後、小グループに分かれてのディスカッションがあり、参加者から出された信仰上の悩みが語り合われました。たとえば、
「クリスチャンとして生きてくためには、群れが必要なのでしょうか。同じクリスチャンの群れであるはずなのに、そこにいると苦しくなってしまうのはなぜでしょうか。」
「敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい、というみことばが好きなのに、他人に対して怒りをコントロールできない。」…などなど。
なかなか率直な打ち明け話がされ、お互い一生懸命、考えたり、励ましたり。nikkouのグループでは、「でも、怒りのない人って、気持ち悪いですよー。なんか、仮面をつけているみたいで」という大学生がいたので、nikkou思わず、
「そうそう。いつも怒らないでにこにこしている敬虔そうなクリスチャン、ってムカつかない? いきなり水をかけるとか、そういう意地悪をして、どこまでやったら怒り出すか試したくない?」と言ってしまい、「いや、おれ、そこまでえげつなくないっすから」とドン引きされてしまう。
「あー、こういう話できるだけで、すごいうれしい。自分の通っている礼拝で、そういう話をすると、『信仰が足りない』って言われたり、たくさん本を渡されたりとか、するばっかりで、ただ、心のもやもやを打ち明けたかったんだよねー」という兄貴もいて、終始、のびのびした話し合いでありました。そう、「分かち合い」が必要だったんだよね。もちろん、指導や教示がありがたいときだってありますが、まずは「そうそう」と受け止めてくれる友が必要なときもあります。
その後のゴスペルの時間では、This little light of mineと、Lyreの「もちいてください」を讃美。nikkouがディレクションを担当させていただきました。
この讃美の準備を通しても、大きな成長を促されたように思いました。長くなるので、それはまた項を改めて書きたいと思います。
「無教会青年全国集会」2日目の話につづきます。
October 30, 2008
山谷伝道所の礼拝で讃美
この間の日曜日(10月26日)、友人のLammyさんのお誘いで、川崎リトル・ライト・シンガーズ(通称リトライ)の仲間たちと、山谷伝道所の礼拝に参加してまいりました。
リトライは、特別讃美の場も与えていただいて、礼拝で1曲、給食タイムに6曲、全7曲、讃美することができました。
山谷については、山谷伝道所のブログ(こちら)が分かりやすいので、引用させてもらいます。
伝道所のメンバー、マルコとルツというにゃんこが紹介しています。
山谷は、日雇い労働者の街だったらしいけど、今は、経済停滞期のため、路上で生活をする人、日雇いの人、生活保護を受けて簡易宿泊所(ドヤというんだよ。)で生活している人が
まぜこぜで住んでいる街なんだ。
いろんな経歴の人がいるんだけど、共通しているのは、
大きな悪さは出来なくて、とてつもなく不器用なことかな。
要領よく口八丁手八丁で世間を渡り歩くことが苦手みたい。だから凄く素朴な感じだよ。
山谷は質の悪い人が集まって怖いところだと思っているかもしれないけれども、
金儲けが巧で羽振りのいい人と山谷の人とでどちらが質が悪いかは、
皆さんちょっと考えると直ぐわかるよね。山谷伝道所は山谷のど真ん中にあって、こういう山谷の人たちが、ホッと出来る場所なんだ。
山谷伝道所はホームレスとか路上生活者とかいって一緒くたんにするんではなく、
一人一人を個性ある人間として、対応する場所なんだよ。
特に、心に傷を負って荒んでいる人でも休める所なんだ。その時は、僕らが接客係として優しく対応するよ。
どうしてそんなことをするんだって?
それは、山谷伝道所のご主人であるイェスという方の方針だからなんだ。
僕らだってそれで救われたんだからね。日曜日には朝は10時半から礼拝というのがある。
讃美歌を歌ったり、なにか、よくわからないけど、たまには心に染みる話もしてくれるよ。
(ここだけの話だけど、瞑想するふりをして寝てしまうこともあるんだけど。)
同じく日曜の夜には路上で、伝道会と給食(炊出)をやるんだ。
250人くらいが出席するよ。雨でも決行!メニューはほとんど雑炊だね。
路上生活のオッチャン達と色々ふれあえる場面だよ。
お誘いいただいたのは4月でしたが、その後、スケジュールの調整などに手間取り、半年後の特別讃美実現となりました。
この半年間、リハーサルのたびに、山谷にむけて祈らされたことで、しだいに、メンバーの気持ちも山谷にむけて、まとまってきました。
メンバーのみならず、リトライが本拠地にしている川崎教会や、メンバーの家族の中でも話題に上り、
この半年間で、ひとりひとりの山谷への関心は、当初に比べてずいぶん高められてきたように思います。
お恥ずかしいことながら今までnikkouは、山谷という街、人々、そしてその歴史に対して関心も薄いままでした。
本当によい機会が与えられたと思います。
当初は、なかなかまとまらないスケジュール調整に、自分の管理能力を試されているのかしら、なんて思いましたが、そうじゃなくって、神様から準備に必要な時間を与えられていたんですね。
さて、当日ですが、じつはリトライ初の野外ライブ。
「野外」というか、たまに車も通る「路上ライブ」。
給食に並んだ「山(やま)の人」(「山谷の人」を、伝道所の方たちはそう呼ぶ)とリトライと、道路の上で互いに向かい合っての讃美でした。
讃美をしながらまず感じたのは「気持ちいいなぁ~!」ということ。
「路上」という、通常、歌うところでも礼拝するところでもない場所で、声を限りに歌うって、すっごい爽快。
給食の列が前に少しずつ進むにつれて、前に立つ人も入れ替わっていくのですが、
ちらちらと私たちを見やるおじさん、
私たちを見つめていて列が進むのに気付かず後ろの人に促されているおじさん、
おちゃわんをお箸で叩いて調子をとるおじさん、
nikkouと眼があうと、はずかしそうにうつむいて、
うつむいたまま、そっと目をあげてリトライを見つめるおじさん…と
なんだか、前を通るひとりひとりと握手しながら歌っている感じで、
それがまた、すごく面白かった。
解散後、山谷伝道所の方、そして友人のLammyさんから、感謝のメールをいただきましたが、
こちらこそ、リトライこそ、感謝!
こんな楽しいライブをさせてもらえるなんて!
本当にありがとうございました。
また行きたいと思います。
しかし、イエス様って、どこにでも行くのね、ほんと。
ゴスペルを歌ってこの6年、「主イエスがいるところへ讃美をささげに行こう」とあちこち誘われるたびに思うよ。
「あらまあ、ここにもいらしたんですか、主よ~」ってね。
July 28, 2008
正確、かつセンスある言葉
ごぶさたしてしまいました。
暑さにばてておりました。
さて、昨日のことですが、わが家の郵便受けに、毎日新聞が入っておりました。
わが家では新聞を購読していないので、
たぶん、宣伝のためだろうと思う。
新聞読むの、ひさしぶりだなあ、と、ばさばさ広げると、
ちょっと興味深い記事をみつけた。
「女子高生ら射殺 母校で追悼礼拝」(2008年7月27日)
http://mainichi.jp/select/jiken/coldcase/news/20080622org00m040001000c.html
95年に八王子市のスーパーで強盗殺人にあった矢吹恵さんの母校、桜美林高校で矢吹さんの追悼礼拝がありました、という小さな記事だ。
まず、おや、と思ったのは、写真のキャプションである。
「矢吹恵さんの冥福を祈る元同級生ら」
若い女性が、キリスト教式に固く両手を組んで、うつむいている。
…nikkou、ふと、こういう写真に「冥福を祈る」っていう言葉はふさわしくないような気がしたのである。
でも、まあ、決まり文句のようなものだからなあ、と記事に目を転じると、
「同級生だった会社員、後藤恵美さん(29)は「『犯人が捕まるように導いて』と(矢吹さんに)祈った」と話した。」
とある。
う~ん。
さすがに、これは、違う気がする。
「(矢吹さんに)」というのは、記者さんの補足だろう。
でも、「追悼礼拝」であることと、「導いて」という語彙からすると、
正確にパラフレーズするなら、
「『犯人が捕まるように導いて』と(神様に)祈った」
だよなあ。
キリスト教の礼拝で、人間に向かって祈ることなどありえない。
ちなみに、この同級生が写真の女性なら、
祈っていたのは「冥福」ではなく、
「神様、どうして、矢吹さんはこのような目にあわねばならないのでしょうか、教えてください。
辛い思いをしている家族を助けてください。
そして、どうか、犯人が捕まるように導いてください」
ってなことじゃないかと思うのであります。
…と、書きながら、
つい、祈ってしまった。
神様、このお友達のことも、どうかお守りください。
さて。
別に間違い探しをしようと思ったわけじゃない。
nikkou、ちょっと驚いたのであります。
これだけの記事でも、
日本の伝統的宗教観と、キリスト教と、こーんなにも違うんだ、
そして、新聞って、こーんなにも、無自覚なんだなあ、って。
ただ、
この記者さんに、「間違ってますよ~」といったとしても、
言い換える言葉がないかもなあ、と思った。
たとえば、「『犯人が捕まるように導いて』と(神様に)祈った」はまだしも、
キャプションを「神に祈る元同級生ら」ってするのは、なんとなく、嫌。
その辺は、nikkouの言語センスみたいなもんなのです。
こういう場合の、正確かつセンスあるキャプションを考えるべきだよなあ、と
一応、マスコミのはしくれ(笑)にいるクリスチャンとしては、
しみじみ思ってしまったのでした。
June 22, 2008
日曜日
長らく間があいてしまいました。
教科書営業で多忙を極めておりました。
最近ようやくひと段落ついたのでありますが、疲れてしまって、ぽや~としていたのでした。
ようやくちょっと復帰しつつあります。
またぼつぼつ書いていきたいと思います。
さて、本日(6月22日)、日曜日は、クリスチャンにとって「聖日」とか「主日」とか言われる日。
nikkouは、午前、浦和キリスト集会に、午後は久遠教会の第二礼拝に出席してまいりました。
久遠教会の第二礼拝は、久遠Nu Praiseが讃美をリードします。
nikkouもクワイアーの一員として参加したのでした。
礼拝1曲目の前奏で、ディレクター(指揮者)のひとりのUさんが、
「この一週間、楽しいこと、うれしいことがたくさんあった人、いると思います。
辛いこと、苦しいことがあって、心が重い人もいるでしょう。
でも、今は、自分の思いをすべて置いて、
神様に心を向けましょう」
と語りかけ、
みんなで「御名(みな)をかかげて」という歌を歌いました。
歌いながら、ふと、nikkou、子供時代のことを思い出しました。
nikkou小学5年生、
中学受験に備え、毎週日曜日に進学塾に通うようになりました。
そのころ、末の妹が、近所のミッション系幼稚園に通っておりました。
親の教育にたいそう熱心な幼稚園で、
あるとき、著名な学者さん(数学者だったか?)を招き、
親を集めて講演会を催しました。
nikkou母も、たいそう教育熱心な人だったので、その講演会に参加、
聞いた話を、びっしりとメモにとって帰ってまいりました。
で、父とnikkouにシェアしてくれたのであります。
母「その先生がいうにはね、
難しい問題でも、ずーっと勉強していると、
だんだん、すごーく面白くなっちゃうんですって。」
父(間髪をいれず)「そうだ! そういうもんだ!」
当時、慣れない塾の勉強に苦しんでいた長女nikkouに対し、
これはいい話を持ってきてくれた!と
喜ぶ様子ありあり。
ところが、話はここで終わらなかったのであります。
母「でね、日曜日になっても、勉強がやめられなくなっちゃうこともあるんですって」
父「そうだ、そうだ」
母「でもね、やめるんですって。日曜日は。礼拝だから。」
父(間髪をいれず)「そりゃ、ばかだっ!」
nikkouの通う塾は、日曜日だけだったのであります。
よっぽど、長女の教育に悪い話だとあわてたらしく、
父はその後も繰り返し「そりゃぁ、ばかだ、ばかだばかだ」
と激しく繰り返しておりました。
お父さんは心配症。
あれから、20年。
はた、と気づけば、nikkouも
「日曜日は、自分の思いをすべて置いて、
神様に心を向けましょう」の側の人になってしまっておるなあ、と
歌いつつ、にやりとしてしまいました。
まじめなクリスチャンの読者のみなさま、nikkou父を責めないでくださいまし。日曜日は、とりあえず、自分の課題、生活、すべてわきに置いて、まず、神に心をむける、という価値観は、
nikkouもクリスチャンライフはじまった当初は、
じつに新鮮に感じていたのであります。
まあ、「日曜日も勉強がやめられない」みたいな勤勉な性格ではありませんが、
日常からひとたび離れてみる、ということの重要さを時々切に感じます。
レジャーに行くみたいに「日常を忘れる」んじゃなくって、
「離れる」「わきに置く」ってこと。
今日はとくに、
浦和キリスト集会の関根ご夫妻に
私たち家庭や職場で煮詰まりがちだったもろもろの重荷をともにわかちあっていただいて、
感謝でありました。
May 25, 2008
「聖霊(せいれい)」ってなにか、わかった!
無教会全国集会の報告も、
なんだか間があいちゃいました。
お待ちいただいているみなさまには、もうしわけない。
感動はなお続いてはいるのですが、
一区切りということで、ひとつだけ、今回、nikkouが得た大きな収穫を書いて、
「無教会全国集会2008」の報告のラストにしたいと思います。
(詳しく知りたい方は、今回の全国集会の主催だった「徳島聖書キリスト集会」のHPをどうぞ。
http://pistis.jp/textbox/default.htm
近日中に、『いのちの水』2008年5月号「無教会全国集会特集号」がUPされることと思います。)
ずーっと前、ヒルティのことばを引きながら、
「わたしは、聖霊とはどういうものか、よくわからない」と書いたことがあります。
キリスト教では、「父なる神」「子なるキリスト」「聖霊」という。
3つは、おなじものであって、別のものである。
…って、わかりますか?
(以前、ノン・クリの友人から
「今日の記事は、俺にむけて書いたんじゃないな、ってときがあって、そういうときは読み飛ばす」
と言われた。
すまん。
なんか「聖霊」っておどろおどろしそうな字面だしね。
ひかないでね。
がんばって、わかりやすく書くから。)
ゴスペルを歌っていると、体に力がみなぎり、心が喜びにあふれる。
―それは、「聖霊」の働きだ。
なんて言われる。
え、そうなの?「それは神様の働きだ」と言っちゃいけないの?
なぜ、あえて「聖霊」というわけ?
教会で、聖書のよくわからないところを牧師に質問する。
牧師から
―その問題は…、言葉で説明するより、あなたが「聖霊」に導かれるのを待ったほうがいいかもね。
なんて言われる。
なにそれ? なんで言葉で説明するより、いいわけ?
「聖霊」に導かれるって具体的にどういうこと?
きわめつけは、ゴスペルのライブや、ワークショップ(体験講座)で、「聖霊降臨」状態になったときあります。
nikkou、カヤの外。
異言も語れないし、失神もしないし。
nikkouには、「聖霊」は降らないのかしら。
ところが。
全国集会から帰ってきて、最初のゴスペルのリハーサルのとき、
「Welcome Holy Spirit」(聖霊よ、きてください)という歌を讃美しながら、
はっとしました。
わたし今、「聖霊よ、きてください」というのは、どういう状態を望んでいるのか、わかって歌っている!!
「聖霊」ってのは、ですね、
「風」なんですよ。
(たしかに、聖書にそう書いてあるんだけど、今回、nikkou、本当にその「風」に、はっきり気づいたのでありました)。
「神」は、ただ一つなんだけど、
そこから、「風」が、世界中にぐぉぉっと、あるいはそよそよっと、吹くわけ。
その「風」に包まれると、
お年寄りも、子供も、
女性も、男性も、
体に障害をもっている人も、
精神に障害をもっている人も、
心に悲しみを抱えている人も、
なんとなく生きづらいなあ、と思っている人も
もう死にたい、と思っている人も、
みんな、みんな
「あれ? ここは、居心地がいいかも?」
と思うわけ。
そんな世界を作るのは、人間の知恵をどんなに振り絞っても、難しいのだけれど、
主イエスは、「そういう世界を、父なる神様は、作れるんだ」と証言した。
そんな神の国から吹く風、それが「聖霊」なのだ。
完璧な「神の国」は、わたしの想像をはるかに超える。
でも、全国集会で、一瞬、思ったの。
「神の国」って、きっとあるんだ。
今、わたしにとって居心地のいい、この瞬間が、
だれにとっても、
そして、いつまでも続く、
そういう世界が、きっとあるんだ。
そう思った。
そのとき、「神の国」から、「風」が吹き降りていたんだと思う。
「Welcome Holy Spirit」(聖霊よ、きてください)
切実な思いで歌ったよ。
生きづらさを抱えている、わが友、彼や彼女が、
どうか、どうか、
もう、つらくないように、してください。
神の国からの風、聖霊が、
今、
彼や、彼女を、包み込みますように。
May 20, 2008
ここも神のみ国なれば(無教会全国集会報告4)
無教会には、「独立学園」というミッションスクールがあって、
無教会の若手は、ここの出身の人が多い。
徳島の無教会全国集会2日目、 独立学園の卒業生数名と一緒にお昼を食べていたら、
ふと、あるお姉さんが
「nikkouさん、ゴスペルを歌ってるんですって?」という。
「歌ってますよ~」 「パートはどこですか?」 「アルト。」
すると、彼らはざわっとうれしそうな顔になった。
「これから、わたしたち讃美することになってるんですけど、アルトがいなくて困ってたんです。 加わってくれませんか」
「え~~~~~、これから~?練習する時間は?」
「ないんですけど…。」 「そ、それは無理だと…」
すると、横ですかさず、ある兄貴が
「あれだね、イエス様が船の右側に網を下ろしなさい、って言った、 そうしたら魚が釣れた、と。」
(聖書の中に、そういう話があるのね)。
あたしは、魚ですか。
「なんだよ~、そんなことを言われたら断れなくなっちゃうじゃんか。策士め!」
と思わず叫ぶと、 みんな笑った。
てなわけで、急遽、にせ独立学園生としてなんちゃってアルトを、かな~~り適当に歌ってしまいました。
神の国って、こんなところなんだろうな、と一瞬思いました。
互いに愛し合い、尊重しあい、主の話をし、そして、喜んで讃美する。
もちろん、出会ったばかりだから面倒な人間関係がまだ生まれていないし、日常生活から離れてきた旅先だということもあるんだろうけどさ。
でも、じつはnikkou、いままで「神の国」って退屈なんじゃないかと思っていたのだ。
なにもかもうまくいっちゃうなんて、いつか絶対飽きる。
多少の困難はスパイスだって。
でも、そういうんじゃないのね。
そりゃ、人間の想像を絶するような世界だから、うまくイメージできないけれど、
もし、こんな気持ちがいつまでも続くのが「神の国」なら、心から待ち望んじゃうな。
今回の全国集会では、障がいを持った方がたくさんおられた。
聴覚障がいをもつ方が3人、視覚障がいをもつ方が9人、知的障がいを持つかたが5人、それから、前に書いた勝浦さん、歩行器をつかっておられる方が1名(会の中では、この方の奥様が、「証し」(お話)をなさった)。
東京に帰ってから、全国集会でであった人たちとメールのやりとりをしたのだけど、
ある方が、「障がいをもつ方たちが、愛を引き寄せてくださった」と書いていらした。
ほんと、そう、そのとおり。
なぜ、障がいをもつ方が、ことにそういう役割をもつのか。
誤解を怖れずにすご~く、正直に書く。
私たちは、いや、私自身が、障がいをもつことに恐れているからなんだと思う。
手話を習い、脳性まひの方の生活の介助のボランティアをしていながら、こんなことを言って申し訳ない。
でも、ほんとは、もし自分の体が一部でも働かなくなったらどうしよう、と思っている。
分科会で、ある男性がお話されたこと。
奥さんが切迫流産しそうになって、病院に駆けつけるとお医者さんが言った。
「もし赤ちゃんが助かったとしても、障がいが残ります」
その瞬間、彼は神に怒りがわいたんだそうです。
「ぼくは、何も悪いことをしていないのに、なんでそんな目にあわなきゃいけないんだ!」
そして、思ったんだそうです。
今まで、障がい者教育に携わってきて、障がいをもつお子さんのお母さんお父さんの気持ちも分かるつもりでいた。
でも、ぼくは、な~~んにもわかっちゃいなかったじゃないか!
聞きながら、そうなんだなあ、と思った。
本当は、体の全ての機能が全快に働いて欲しいと思っている。
それが当たり前だと思っている。
小指ひとつ、まつ毛ひとつ、神様が与えてくれたもので、自分が作ったものじゃあないのにね。
全国集会では、すべてのプログラムに手話通訳がついた。
手話讃美では、耳の聞こえない方も一緒に讃美をし、
目の見えない方に、自然に周りの人が肩を貸し、誘導した。
nikkou自身、なんの不自然さも感じず、多くの交流が持てた。
もちろん、この2日で、障がいをもつことに恐れがなくなった、と言い切れるわけではない。
でも、「ここも神のみ国」であるならば、
そう、「神の国」が、つねにわたしたちの間にあるならば、だいじょうぶなんじゃないかな、という希望は与えられたのでありました。
May 16, 2008
クン・バー・ヤー・マイ・ロード(無教会全国集会報告3)
全国集会ではそれはそれはたくさんの歌を歌いました。まずオープニングから、讃美歌作家武義和さんとともに、武さん作曲の歌を讃美。2日間で、とりあげられたのは、『讃美歌21』『新聖歌』『リビングプレイズ』『友よ歌おう』、そして、『ワーシップ&プレイズ』の岩淵まことまで。(ちなみに、岩淵まことさんのCD「ふたつのJ」には、「special thanks」に「内村鑑三」と書いてありますね。)
讃美集に採られているのは全35曲。
選曲や、讃美集の作成はさぞやたいへんだったことでしょう。準備してくださった徳島のみなさん、お疲れ様でした。
今回の全国集会では、すべてのプログラムの前に、讃美をしました。
(キリスト教の世界では、讃美歌をはじめ、神をたたえる歌を歌うことを「讃美をする」という)。
礼拝や聖書講義、証しはもちろん、分科会に到るまで、本当にすべてのプログラムで。
「讃美のとき」というコーナーもあって、nikkouも参加させてもらった手話讃美や、ギターによる独唱、無教会系ミッションスクール「独立学園」卒業生の讃美歌合唱、全国津々浦々年代さまざまな混声合唱団まで出演。
どの讃美も、とてもすばらしかった。
nikkou的に驚いたのは、ゴスペルが2曲採られていたこと。
ひとつは、「勝利を望み」(We shall overcome)。
キング牧師を先頭に、アメリカ黒人が公民権運動のひとつ、非暴力不服従の大行進をしたとき、行進曲に使われた歌ですね。
これを、なんと、特別讃美ではなく、11日(日)の礼拝の中の讃美に使いました。
そして、「讃美のとき」で混声合唱団が讃美したのが、「クム・バー・ヤー・マイ・ロード」。
それって何語?と思われるかもしれませんが、
英語です。
「Come by here my Lord」の黒人英語。
「ここへ来てください、主よ」という意味です。
主よ、おいでください クム・バー・ヤー・マイ・ロード クム・バー・ヤー
泣いている人がいます クム・バー・ヤー・マイ・ロード クム・バー・ヤー
祈っている人がいます クム・バー・ヤー・マイ・ロード クム・バー・ヤー
歌っている人がいます クム・バー・ヤー・マイ・ロード クム・バー・ヤー
初期のゴスペルや、黒人霊歌には、独特の発音や文法がたくさん出てくる。
黒人さんたちは、ふるさとからはるか海を隔てた未知の国に拉致されて、
耳だけを頼りに必死に、周りから聞こえてくる言葉を聞き取ったのだろう。
「Come by here, my Lord」は、彼らの口から「クン・バー・ヤー・マイ・ロード」という音となった。
かつて、アメリカに留学していた友人から、
「黒人さんは、Vの音をBに発音することが多い。唇が厚い人が多いからね。」といわれて、
ああそうか、英語は、彼らの身体と文化から自然に生まれた言語ではないんだ、とぞっとしたものだ。
もちろん、それから何百年も経ってしまって、
いまさら、自然に生まれた言語でないも何もなく、
「クン・バー・ヤー・マイ・ロード」もまた、ひとつの生きた言葉だ、と言ったほうがいいとは思う。
でありながら、やはり、人の罪と哀しみと祈りが、ぎゅぎゅっと凝縮した言葉だなあと思うのであります。
写真は、武義和さんの伴奏で讃美するみなさん。
わたしが参加しているゴスペル・クワイアーとはまた別の、独特の清らかさと、世代を超えたあたたかさに包まれた「クン・バー・ヤー・マイ・ロード」でした。
そう、ゴスペルは即興音楽であります。
教会ごと、集会ごとに、歌い方が違う。
(ときには、歌詞だけおんなじで、メロディは全然違う、なんてことも起こりうる)。
その歌に、そこに集った人しか持ち得ない思いをのせて歌うから、表現が違って当然。この歌い方しかだめ、ということはない。
だから、歌が生きる。
無教会版「クン・バー・ヤー・マイ・ロード」、すばらしかった。
より以前の記事一覧
- 勝浦さんのお話(無教会全国集会報告2) 2008.05.15
- 無教会全国集会2008報告(1) 2008.05.12
- あなたもそこにいたのか? 2008.03.26
- クリスマスページェント(降誕劇)の思い出 2007.12.27
- Merry Christmas 2007.12.26
- 手話賛美 2007.10.17
- 無教会全国集会の証し④若者の会 2007.10.12
- 無教会全国集会での証し③吉村さんのお話 2007.10.11
- 無教会全国集会での証し②武さんのお話 2007.10.10
- 無教会全国集会での証し①綱野さんのお話 2007.10.09
- ミャンマーのために祈ろう 2007.10.02
- 無教会全国集会 2007.08.15
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