November 13, 2009

Steal away

お待たせいたしました、「Steal away」(歌:「無教会全国集会2009 第9分科会ゴスペルシンガーズ」)です。ニフティは、1MBしかアップロードできないために(つまり、おおきなファイルは載せられないために)、1番だけです。

歌詞は、次の通り。

Steal away

Steal away
Steal away
Steal away to Jesus

Steal away Steal away home
I ain’t got long to stay here

1. My Lord He calls me
He calls me by the thunder;

The trumpet sounds
within a my soul

I ain’t got long to stay here

*(Bridge)

2 .Green trees a bending
Poor sinner stands a trembling;

The trumpet sounds
within a my soul

I ain’t got long to stay here
*(Bridge)

3. My Lord He calls me
He calls me by the lighting;

The trumpet sounds
within a my soul

I ain’t got long to stay here

Steal away
Steal away  home

(日本語訳)
こっそり こっそり こっそり
イエス様のもとへ 逃れていこう

こっそり こっそり、ふるさとへ逃れていこう
もう、ここには いなくてもいい

1 わが主なる神様が呼んでいる
神様が 雷で呼んでいる

トランペットが 私の魂のうちから 鳴り響く

もう ここには いなくてもいい

2 青い木がたわんでいる
あわれな罪びとが ふるえながら 立っている

トランペットが 私の魂のうちから 鳴り響く

もう ここには いなくてもいい

3 わが主なる神様が呼んでいる
神様が 光で呼んでいる

トランペットが 私の魂のうちから 鳴り響く

もう ここには いなくてもいい

こっそり こっそり  ふるさとへ

| | Comments (2) | TrackBack (0)

May 22, 2009

キリスト教・無教会青年全国集会(4)―ゴスペルのひととき(後編)

(前編より続く)この祈祷会で、集まった30人ほどのディレクターたちのお祈りの課題……いや、自分がどういう状況にいて、神様からどのような恵みを与えられたか、という「証(あか)し」を聞くにつれて、
nikkou、自然に、心が変化していくのを感じました。
まず、胸にじわじわと広がってきたのは、
「なぜ、私はゴスペル讃美をするのか」
という根本的な問いかけ。
そして、
「なぜ、無教会の仲間たちと一緒にゴスペル讃美をするのか」という、
本当は一番最初に考えなければならなかったこと。

それは、…ああ、楽しいからだ。
ゴスペルを通じて、自分の力いっぱいの讃美を神様に捧げるのが、楽しいからだ。
どうして、それを忘れていたんだろう。

自分がお祈り課題をいう番になり、
「80人の、ゴスペル初心者を、アカペラで、ディレクションするという状況に置かれています」というと、
なぜか、どーっと大笑いされる。
大笑いされて、にわかに、肩の荷が下りるのを感じた。
「あ、笑いごとなんですねー、これ。超悲惨な状況かと思っていた」というと、またもや、どっかんどっかんウケる。
「今までとはまた違う、新しいステップに挑戦してみろ、という神様からのメッセージなのかな」というと、
「そうだよ!」という声があがり、
うんうん、うなづいてくれる仲間がいる。

ひとりでオロオロしていた自分が馬鹿に見えてきた。
神様は、きちんと、助けを与えてくれていた。
もっと早く、神様に相談すればよかった。

その週の川崎LittleLIghtのリハーサルでは、LittleLightのメンバーである高橋誠牧師に相談。初めてゴスペルを歌う人へのシェアの仕方を教えてもらい、「伴奏のカラオケ、作ってあげようか」とまで言ってもらう。

また、ふと思いついて今回の全国集会に参加するTさんに
「伴奏をお願いできる人、いませんか」とメールすると、即座に「私でよろしかったら、ピアノを弾きます」という返信が!
と同時に、一人で背負い込んでおろおろするな、という教訓を生かして、小舘兄にメール、
「ゴスペルのリハーサルを、小舘さんにもイメージしていただきたいので、
クワイアーのリハーサルを、見学にいきませんか?」というと、これまた、すぐに了解の返信!
直近のリハーサルが行われている小岩のクワイアーに行くことになりました。
小岩のクワイアーのリーダーである小澤寛子さんからも、「待ってます!」の返信。
ああ、助けられています。

小岩のクワイアーでは、
「こころを尽くして」というピアノ・コージさんのゴスペルと、
「Total Prase」を讃美、
nikkou自身、初対面の人たちとも、神様の前では気兼ねなく讃美する、という快感を思い出し、
小舘兄は「あまりの素晴らしさに、カルチャーショックを受けた。」と熱い感動を語ってくださったのでした。

全国集会の直前には、登戸学寮という無教会の学生寮で、学生さんたちとリハーサルをさせていただきました。
登戸学寮の学生さんたちがまた、歌がうまくて。
あっというまに曲を理解してしまうことに、舌をまきました。
私自身、すこし感覚がつかめ、Tさんの伴奏に対する信頼感も与えられました。
さらに、リハーサルに来てくれたAさんがギター伴奏で参加してくれる、とも!
さらにさらに、参加者も80人ではなく20人程度、という小舘兄の報告にほっとしながら、当日に臨んだのでした。

さて、当日。
自己紹介で、どきっとする声がありました。
「私は仏教徒で、あまり考えずに、この集会に参加してしまったのですが、ゴスペルを歌える、ということで、楽しみにしています。」
…そ、そうですか。
nikkou、緊張いたします。
と、同時に、
この彼女に楽しんでもらわなければ、
この彼女に、ああ、ゴスペルっていいなあ、と思ってもらわなければ、
と責任を感じました。

さまざまなプログラムは順調にすすみ、
とうとう、ゴスペルの時間。
nikkou、直前にトイレに駆け込んで、ひとり、祈りました。
神様、あなただけを見上げ、あなただけを心から喜んで讃美できるようにしてください。

26名の参加者の前に立ち、祈り、そして、
「This little light」(この小さな光を)、
Lyreの「もちいてください」、
「Amazing Grace(おどろくばかりの)」を讃美。
無我夢中ではありましたが、ふと気付くと、
全身をそらすようにして大きな声で讃美している兄貴、
軽快なステップを踏んでいる姉貴、
自己紹介の彼女も笑顔で大きな口をあけ、
輝くばかりの顔、顔、顔、そして、思いがけないほど大きな声に包まれていました。
(あとで、夫のところに来たある参加された方のメールには、
ゴスペルの時間について、
「歌は苦手なのですが、気がついたら、大きな声で歌っていました」という一文がありました。)

これはもう、nikkouの力ではありませんね。
やはり、神様の国からの風、「聖霊」が吹きわたっていたに違いない。
本当に、すばらしい讃美のひとときでした。

あとで夫から
「nikkouさん、ディレクションがうまくなっていて、びっくりした。まりりんさんみたいだった」と言われました。
「まりりんさん」とは、nikkouが長いことメンバーだったシャローム・ゴスペル・クワイアーのディレクター。
知らず知らず、多くの影響を受けていたのでしょう。

小舘夫妻、登戸学寮の学生さんたち、高橋誠先生、
讃美の相談を受けてくださったNさん、
ピアノを弾いてくださったTさん、
ギターを弾いてくださったAさん、

小岩のクワイアーの小澤寛子さん、
久遠Nu Praiseの坂上悦子さん、
祈祷会のリーダーの粟野めぐみさん、
ディレクターの仲間たち、
シャロームの「まりりん」さん、
わが夫、
青年全国集会で一緒に讃美してくれたおひとりおひとりに、
こころから、感謝。

そして、なによりも、
すべて、きちんと道筋をつけて導いてくださった、わが主に、感謝。
この道筋の、ひとつでも、順番が狂ったり、一人でも欠けたりすれば、このひとときは、与えられなかったのではないかと思う。

頑固なnikkouのエゴも、砕かれ、溶かされたのでした

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 19, 2009

キリスト教・無教会青年全国集会(3)―ゴスペルのひととき(前編)

小舘兄から青年全国集会の企画を知らされた数日後、さらに一通のメールが、nikkouに送られてまいりました。

「プログラム案を書いた後で思いついてしまったのですが、
ぜひともどこかにみんなでゴスペルをうたうようなコーナーをもうけ、
nikkouさんにご指導していただきたいのです。
ご協力をお願いできませんでしょうか。」

じつは小舘兄、わたしたちの結婚式にも出席してくださって、入退場の際、友人たちが讃美してくれたゴスペルにとても感心していらしたのでした。
いつか無教会でもゴスペルを歌おう、とお考えだったのかもしれません。
正直にいいますと、nikkou、この時点で、「全国集会ったって、どうせ、10人前後の参加だろうな」とタカをくくっておりました。
10人くらいなら、川崎Little Lightだって、それくらいの規模になったことがありますし、久遠Nu Praiseでときどきディレクションを振られるときも10人前後です。
そのくらいの人数ならアカペラで小曲ならなんとかできるだろう、と、
あまり考えずに
「やりましょう!」と承諾してしまったのでした。

ついでに、全国集会のプログラム中の讃美も、
日本キリスト教団の「讃美歌」からのみで、ちょっと固いのではないか。どうせなら、新しい讃美もたくさん入れたほうがいいのではないか、
と小舘さんに進言。
「ヒムプレイヤーにそれしか入っていないのだけれど、ほかに伴奏があればいいのでは」という返信に力をえて、
(今思えば)nikkou、
…暴走いたしました。

徳島聖書キリスト集会の勝浦さんがカラオケをつくっていらしたはず!と徳島のNさんに電話、
思いつくかぎりのワーシップソングを挙げ、
プログラムの改変を提案したのでした。
当惑していらしたのはNさん。
「ワーシップソングでは、歌ったことがない人もいるんじゃないかと思うんです。変更するなら『讃美歌』を『讃美歌21』にするとか、『聖歌』を『新聖歌』にするとかくらいのほうがいいのではないでしょうか。」

…思い返すに、賢明なアドバイスだったと思います。

ただ、nikkou、すっかり舞い上がっておりましたから、「固いなー」と憮然としました。
夫にも「こうなったら、すんごいすばらしいゴスペルを紹介して、度肝をぬいてやるわ!」と息まいたりしておりました。
そんなわけで、少し気持ちが沈んでいるところに、
さらに、小舘兄から
「参加者は80人くらいになりそう(!)」という情報が入ります。
nikkou、にわかに不安に襲われました。

「ゴスペルが好きではない人がいる(と、nikkouが勝手に解釈した)80人もの、ゴスペル初体験の人を、アカペラでリードするなんて、ハードル高すぎ!」

さてこうなったら、選曲からまずとりかからねばならないとエゴむき出しでがつがつしているところへ、
ふと、久遠NU Praiseの坂上悦子さんから、メールが舞い込んできました。
「今週末、ゴスペルのディレクションをしている人限定で祈祷会があるんだけれど、来る?」
おお。天の助け。先輩ディレクターたちにアドバイスを求めにいこう!
とnikkou、「喜んで、行きます!」と返信いたしました。

ところがその祈祷会で、リーダーの粟野めぐみさんは、最初にこう言うのです。
「祈祷会のルールとして、次のことを守ってください。

1)ここで話されたことは、絶対に秘密にすること。
2)お祈りしてほしい課題をいうこと。愚痴をいわないこと。
3)アドバイスを求めないこと。

えー。アドバイスを求めちゃいけないのー、とがっかりいたしました。
ところが、nikkou、この祈祷会で、ほろりん、と頑固なエゴが溶かされたのです。
(後編に続きます)

| | Comments (5) | TrackBack (0)

September 29, 2008

三味線やお琴で讃美していたら

200809281646000 日曜日の午後、久遠教会の第二礼拝に出席。
久遠NU Praiseとして、讃美しました。

この日は、久遠教会の姉妹教会、韓国の新一教会から20人ほどのお客さんを迎えて、ハングルでの讃美となりました。

新一教会のみなさんが、
民族舞踊による讃美をみせてくれました。

200809281613000 日本の女の人も、着物になるとだれもが美しく見えますが、
韓国のチマ・チョゴリもそうなのかも。
みんな、すごい美人にみえました。
民族舞踊は、優雅で、華やかで、力強く、
思わず身を乗り出してみとれました。

礼拝の中で、
韓国から来た牧師さんが熱心に、
「日本民族(イルボン・ミンジョク)と、韓国民族(ハングク・ミンジョク)のために祈りましょう!」と韓国語でいい、
通訳の方も「民族」と直訳しておりました。

200809281535000 でも、なんとなく、この「ミンジョク」ってののニュアンスは、日本語の「民族」と違う気がするんだなあ。
「日本民族」ってぴんとこない単語だ。

ところで韓国では、民族舞踊で神を讃美する、というのはポピュラーなんでしょうか。
考えてみれば、
ヨーロッパのクリスチャンも、アメリカ黒人のクリスチャンも、南米のクリスチャンも、
それぞれの地域の音楽で神を讃美しますが
日本のクリスチャンは、なぜ、三味線やお琴や謡曲や日舞で、神を讃美しなかったんだろうね。

Jacket_saiwai nikkouの友人たちが「演歌ゴスペル」を始めたとき、
「ふざけたマネをするな!」と怒った人もいる、と小耳にはさみました。
厳密にいうと演歌も西洋音楽の一種ではあるんだけれど、
ただ、なんとなく、その話を聞いた時、
nikkouも、「ゴスペルはカルトを思い起こす」と言われたことを思い出しました。
なぜ、日本では、ヨーロッパの(しかも白人の)音楽だけが、「まじめで正しいキリスト教音楽」になってしまったんだろう。

『ドレミを選んだ日本人』(千葉優子:音楽之友社)という本に、
明治時代、音楽といえば三味線や琴、尺八、長唄小唄だったところへ西洋音楽が入ったときの、日本人の驚きや、当惑、好奇心が描かれておりました。
『讃美歌・聖歌と日本の近代』(手代木俊一:音楽之友社)でも、明治時代の日本人が、讃美歌を西洋音楽の音(とくに、ファとシ)とリズムで歌うことができず、日本人にアメリカ白人の讃美歌を歌わせることをあきらめた初期の伝道者の話などが載っていて、おもしろかった。
この時代、もし、「讃美ってのは、音楽ではなく、言葉と心だ」と気づいた伝道者がいて、
「日本人は、邦楽で讃美しよう」と思いたっていれば、日本のキリスト教の浸透度も邦楽の発展も違った道をたどっていたかもしれない。
…と相方に言ったら、
「でも、クリスチャンじゃない日本人も、もう、邦楽はやらなくなってんじゃん」とつっこまれた。
ほんとだ。
あんまり関係ないかも。

ちなみに、日本人が邦楽を捨てて、西洋音楽一辺倒になったのは、身分ごとに違う音楽を奏でていた当時の状況の中で、「西洋音楽を、この国の統一音楽にしよう!」と思いついた明治政府の必死の教育の成果だ、…というのは、複数の本に共通する見解のようです。

| | Comments (6) | TrackBack (0)

September 27, 2008

世界は大きくて小さい(Music & Arts 2008 Japan)

Topim_2 先週の金曜日19日から、23日(祝)まで、
Music & Arts Japan 2008というワークショップ(体験学習?)と、ワークショップ受講者によるコンサートに参加してまいりました。

講師は、アメリカから、
Oh happy dayの作者、エドウィン・ホーキンズと、
Total praiseの作者、リチャード・スモールウッド。
それから、エドウィンの妹のリネッタ・ホーキンズや、
エドウィンの教会でゴスペルの指揮をしているジョナサン・クリアー(←nikkou、大ファンです!)、
そのほか、一流のゴスペル歌手、ピアニスト、ゴスペルクワイアー、さらには牧師にいたるまで、
まるで黒人教会ごとごっそり来日、
彼ら流の神の讃美の仕方を、こってりと教えていただいたのでした。

ワークショップには、北は北海道から南は福岡にいたるまで、全国のゴスペル・ファンが集いました。
ワークショップのリハーサル(練習)は東京聖書教会という、江古田の大きな教会、
コンサートは新宿の厚生年金会館という、これまた大きなホールで行われたのですが、
どちらもぎゅうぎゅう詰めの大入り満員。
参加者だけでも、400人、
募集を締め切ったあとも、キャンセル待ちが出たそうです。

参加者のうち、どのくらいの割合でクリスチャンがいたのかは、わかりません。
しかし、毎日、すべてのリハーサルの始まりと終わりにお祈りがあり、
この音楽は、神にささげられるものである、ということを、つねに意識させられました。

200809221536000 リハーサルでは、なるべく前のほうに座るようにしていたのですが、
毎回かならず、アメリカから来た黒人のおばさんが同じ席にいました。
nikkou、おぼつかない英語で話すのがおっくうで、おはずかしいことですが、最初、本を読んだりして無視しておりました。
ところが、このおばさん、いたって人懐っこく、
「あなたのお名前は? わたしはメロディよ。」といった調子で話しかけてくる。
で、nikkouも勇気を出して、片言英語で、
「お疲れじゃないですか」とか「観光はしましたか」とか「お土産は買いましたか」とかって話しかけ、
メロディさんも「浅草に行った、煙を頭にかけたりして面白かった」とか「うちには相撲レスラーのような大きなベイビーがいて、お土産を買うにしても、日本のものはみんな小さくて、探すのに苦労した」
とかってことをいう。
「相撲レスラーのような赤ちゃん!?」とnikkou、目がテンになりましたが、
「ベイビー」というのは、13歳の男の子だと聞いて、
なぁんだ、と大笑いしました。
日本のお母さんの言葉でいえば、「うちの坊主」とか「うちの小僧」とか、そんなニュアンスでしょうかね。

歌の練習の際も、メロディさんはもちろん、近辺の席の人たちと頭を寄せ合って、音程やら発音やらを確認、
ひとつのものを、複数の人たちで作り上げていくということの快感にわくわくしたのでした。

4日間、みっちり学んだあと、5日目のコンサートで舞台にのりました。
コンサートの最中、
すごく不思議な感覚が胸をよぎりました。

メロディさんはじめ、今回来日した黒人さんたち、
そして、ここに集まった何百人何千人の日本人たち、
ひとりひとりに、生活があり、祈りがあり、讃美があるんだなあ、
なんて、世界は広いんだろう…
という思い。
と同時に、そのひとりひとりのことを、生まれてから死ぬまで、すべて、われらの讃美している神は、知っているのだ、
なんて、世界は小さいのだろう…。

言葉にすると、そんな感じ。
一瞬にして、大きさと小ささを、同時に見てしまった、というような、
すごく、奇妙な感覚でありました。

コンサートを終えた翌日
いまごろ、メロディさんたちは、おうちに帰って、相撲レスラーのようなベイビーに日本のお土産を渡しているかしら、
なんてことを思いました。

また、いつか、
…神の国になるか、この地上にいるうちになるか、わからないけれど、
メロディさんたちに会いたいと思います。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 22, 2008

Music Arts Japan 2008

うかうかしていたら、直前になってしまいました。
nikkou、参加しております、「Music & Arts Japan2008」。
(ホームページは
こちら

明日、コンサートです。
400人のクワイアー(聖歌隊)に入って歌います。

明日の祝日、せっかくの休みだけれど、とくに行くところもないなあ、という方、
当日券、出ますので、ぜひどうぞ。

9月23日(祝火) 14:30開場 15:00開演
ウェルシティ東京(東京厚生年金会館)大ホール
東京都新宿区新宿5-3-1

http://www.kjp.or.jp/hp_20/access/

前売り¥3,000 当日¥3,500

「天使にラブソングを」で歌われて、日本でもすっかりおなじみになった「Oh Happy Day」(原曲は讃美歌516番「主イエスを知りたるうれしきこの日や」)をゴスペルにアレンジした、エドウィン・ホーキンズや、
詩篇121編を歌った「Total praise」
(nikkouのウエディング・パーティでも歌いました)の作者、リチャード・スモールウッドを講師に迎え、
先週の金曜日から今日まで、みっちり全10曲のゴスペル讃美を教えてもらいました。また、50人のアメリカ人ゴスペルクワイアーも来日。日本人とともに讃美をします。
エドウィンも、リチャード・スモールウッドも、いわゆるスーパー・スターであります。
そんな彼らが海を越えて、大勢の日本人を前に、連日、額に玉の汗を浮かべてクワイアーをディレクション(指揮)してくれているわけであります。

今日、400人の日本人と50人のアメリカ黒人のなかで、声をそろえて讃美の歌を歌いつつ、思いました。もう、だれになにを言われようと、わたし、ブラック・ゴスペルが好きだわ。
そのリズム、ハーモニーが、ただひたすら、楽しい。
そして、その歌詞のひとこと一言に胸が熱くなる。

最近、仕事で、明治時代、日本に讃美歌を伝えようと来日したメーソンというアメリカ人を調べているのですが、
メーソンの、その必死の思いが、メーソン来日100年後のエドウィンや、リチャード・スモールウッドに重なって、
ああ、なんと、クリスチャン・ミュージシャンとは、真摯に生きる人々なのだろう、と、つくづく感動しました。

海を越えてひとつとなるアメリカの黒人と日本人の声を、ぜひ、みなさまに聞いていただきたいと思います。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

September 16, 2008

Lyreライブ@東京基督教大学

15日(祝日)、夫とふたりでLyreのライブに行ってまいりました。

ライブ会場は、千葉県にある東京基督教大学
Lyreの6名は、この大学出身であります。
nikkou、神学校なる場所に足を踏み入れたのは初めて。
そんなこともあって、ちょっとわくわくしました。
この大学は、緑ゆたかな郊外にあって、
空の狭い東京に生活しているわれわれには、
すがすがしいほどの開放感。

会場となったチャペルも、
自然光と風とがふんだんに入り、
「半ば野外ライブのような感覚」(「いのちのことば社」社長挨拶)で、
たいへん心地よいところでした。

来年からメンバーの具志堅さんがカンボジアに、塚田さんがブラジルに宣教に出るとのことで、
当分の間、Lyreの讃美はこれが見納め・聴き納めになります。

ライブの曲目は、空の広さ・高さや、吹く風の心地よさに神の恵みを託したものが多く、
なるほど、Lyreの讃美は、この空の広いキャンパスでこそ生まれた歌だったのか、と納得。

なかでも、新しいアルバム『かけがえのないもの』に入っている「美しき日々」が心に響きました。

小鳥のさえずりで 目覚めた光の朝

陽だまりの窓際 あくびをしてる猫の顔

黄金色に続く 稲穂を揺らす風の音

流れる雲に乗り 羽広げ昇る白鷺

 ほら こんなにも あなたの前に あるものの全てに

神様の愛は 優しく注がれているから

疲れた心だけが重い時は 立ち止まって

風を感じ 空を見上げ 愛を思い 眠りにつこう

(若林栄子・作詞作曲)

そういえば遠藤周作がどこかで、「西洋人が花を通して神を思うのと、日本人の自然風物に神を感じるのとは、どこか違う」と書いていました。
たしかにゴスペルやヨーロッパの讃美歌に、自然風物を歌う歌がないわけではないですが、
「薔薇の花に置く朝露のように、神はやさしくあなたを愛する」とか、「神に力を与えられたものは、翼を張って天がける鷲のようだ」とか、基本的に比喩が中心。
「稲穂を揺らす風の音」や「白鷺」、「あくびをしているネコ」など、
比喩ではなく、自然を自然のままにみつめ、そこに注がれる神の愛を感じる、という歌詞は、日本文化の中に咲いた日本人クリスチャン特有の感受性かもしれません。

隅谷三喜男という神学者さんは、「クリスチャンでありながら、自然に神を感じてしまうのは、日本の伝統宗教に引きずられてしまっているのだろうか」というような意味の質問をされて、
「神様がつくった自然を、豊かに受け止めていくということは、日本人に与えられた特権かもしれません」と答えていました。(『隅谷三喜男 信仰のことば』)つくづく、よい賜物をいただいたものだと思います。

今回のライブでは、「ユーオーディア」という、クリスチャンによるクラッシック音楽の讃美グループから、
バイオリン奏者の方が参加、
Lyreの声に重ねてさらに美しいハーモニーを醸し出しておりました。

帰りは、あえてバスにのらず最寄り駅まで30分弱、ふたりで、てくてく歩いて帰りました。
開発がいまだ及ばぬ空地や雑木林の中、虫すだく声が
……風情を通り越して、まるでどしゃぶりの雨、ちょいとうるさいほどでした。
被造物は、ひとの感傷など慮ることなく、
ただのびのびと生きている。
そのことに、なんだか、かえって元気づけられるような夜でした。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

July 01, 2008

Happy Birthday 生まれてきてよかったね

前回、nikkouが「わかった」瞬間に立ち会っていた友人のことを書いたら、
なんだか、彼女のことが懐かしくなってしまった。
いま、彼女は子育てに奮闘中のはずだ。

nikkouが「わかった」日から2か月ほどたったころ、
あるゴスペルコンサートで、彼女も、ふと「わかった」そうだ。
ほんの2か月前はnikkouが「わかった」ことを
「わー怖いなー、ゴスペルずっとやってると、こんなになっちゃうんだー」な~んて思ってたのに
神様のなさることは、ほんと面白い。

生真面目な彼女は、主イエスのことがわかった直後、近所の教会をしらみつぶしにあたった。
日本基督教団も、バプテスト派も、聖公会にも行った。
nikkouの通う教会にもきてくれたし、モルモン教の礼拝まで参加してみたんだそうだ。
最後に行ったカトリックの教会で、すばらしい神父さんに出会った。
そこで彼女は1年近くじっくり聖書を学んで、次の年のイースターに洗礼を受けた。
つまり、聖書を学んだのは、主イエスに出会ったあとだった。
そう、彼女もまず、ぱちっ!と「第三の目が開い」て、それから「だんだんわかる」派だったのだ。

洗礼式には友人たちと一緒にnikkouも駆け付けた。
洗礼式のあと、キャンドルサービスがあって、
ひろ~い聖堂の一番前の受洗者の席から、後ろのほうに座っていたnikkouたちのところまで走ってきて、灯を分けてくれた。
これぞほんとの聖火マラソン。

受洗してすぐ、
神様は彼女に赤ちゃんをおあたえになった。
生まれるぎりぎりまで、大きなお腹を抱えて、ゴスペルを歌いに来ていた。
「自分が子供を産むことになるなんて、考えたこともなかったの」とあるとき、彼女、nikkouにぼそっと言った。
「だって、自分が生きていること自体、ゆるせなかったから。」

いつも穏やかで、優しそうな彼女が、
そんな重たいものを背負っていたなんて、
まったく、思いもよらなかったから、nikkouは言葉を失った。

ベイビー、神様は、ママの命を救い、君に命を与えたんだね。

主よ、愛するMちゃんを救ってくださって本当に感謝します。どうぞ、MちゃんとMちゃんの家族をこれからもずっとお守りくださいますように。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

May 08, 2008

GMWC2008(『泣いた分だけ笑わしたる!』)

51cnm0jsf7l_sl500_aa240__2 ゴスペル・ミュージック・ワークショップ・オブ・名古屋に、
吉本新喜劇の人気芸人さんだった岡八朗さんのお嬢さん、市岡裕子さんが、ディレクター(指揮者)として参加されていました。
華やかな笑顔と、すばやい機転、場をなごませる明るいエネルギーに、さすが、芸人さんのお嬢さん、と
ほれぼれとみとれていたのですが、
3日目の夜のコンサートで、市岡さんが歌とともに語った話はあまりに壮絶で、
nikkou、ひさびさに、人の話に涙する、という経験をしました。

岡八朗さんを、nikkouはくわしくは知らないのですが、
たいへんな人気芸人だったそうです。
でも、市岡さんは、そんなおとうちゃんをもったことが、嫌で嫌でしかたなかった。
「華やかなのは、テレビの中、舞台の上だけ。
ほんとのおとうちゃんは、お酒もたくさん飲むし、彼女もたくさんいてはる。
お家にはお金をいれるだけの人でした。」

市岡さん16歳のとき、市岡さんのお母さんが突然自殺します。
事業に失敗したせいか、いろいろと重なって精神的に不安定だったからなのかわからない。
お母さんの自殺をみつけたのは、当時13歳だった、市岡さんの弟さんだったそうです。
それ以来、弟さんはその精神的なショックから立ち直れず、30代で夭折。
さらに、お父さんの岡八朗さんは、舞台のストレスからアルコール依存症になってしまった。

市岡さん、そんな家族から逃れるように、アメリカにわたります。
そして、ニューヨークのハーレムで、ゴスペルを聴いた。
「わたしの5倍くらいふとった黒人のおばちゃんが、顔の半分を口にして、うとうとったんです。
『神様~~、わたしはぼろぼろです~~、もうたてません~~、
せやから、立ち上がらせて、導いてください、救ってください!』
それを聴いて、わたし思いました。
それは、わたしや。
神様、ほんとに、いてはるの?
いてはるなら、わたしを立ち上がらせて。
救って。」

この歌は、そう、例の「Precious Lord(慕いまつる主なるイエスよ)」であります。
そうして、市岡さんは、聖書を読み始めた。

「最初はなんのことやら、さっぱり分からなかった。
イエス・キリストがわたしの罪のために、十字架で死んだ、ってどういうことか、さっぱり分からなかった。
なのに、神様はすごいですよ、みなさん!
段々、このわたしにも分かってきたんです。
わたし、やりなおせる! ぼろぼろのところから、立ち直れる!って分かったんです。」

そうしてアメリカから帰国、ゴスペルシンガーとして再生した市岡さんの舞台を見て、
岡八朗さん、お酒をやめます。
そうして、もう一度、舞台に立った。

「もう、わたしも44歳やし、Jポップとか、ようわからへん。
演歌なら、ちょっとはだいじょうぶかも。
でも、ゴスペルは、わたし、おばあちゃんになるまで、歌うたる!」

こう宣言して、市岡さんは、Amazing Graceと、もう一曲、nikkouの知らない歌を、歌った。

なんていうか…、大阪っぽいゴスペルでした。
生活に、自分の命に根ざした感じ。自分のモノにしているって感じ。

岡八朗さんと、市岡裕子さんの共著が出ています。
岡八朗さんの半生記『泣いた分だけ笑わしたる!』(マガジンハウス)

nikkouもさっそくアマゾンで注文して、本日届きました。

アルコール依存症生還の体験記としても読むもよし、、
芸人さんの意外な一面をのぞきみるためでもよし、
みなさまぜひご一読を。
nikkouは、ゴスペル仲間の証しとして、読もうと思う。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 07, 2008

GMWC2008(新しい革袋について)

Dscn0785 5月4日から昨日の6日まで、3泊2日、
名古屋で行われた「ゴスペル・ミュージック・ワークショップ・オブ・中部」(GMWC)に行ってまいりました。(写真は会場となった在日大韓基督教会名古屋。)
ワークショップというのは、体験講座、という意味。
nikkouの今回の目的は、いくつか開かれる講座のうち「ディレクター・セミナー」を受講することでした。

講師は大阪のディレクター、足立学さん
期待以上の大きな収穫を得ることができました。
主に、精神的な面や、マネージメントの点からの講義でしたが、
たぶん、今の自分に最も必要だったのは、そこなんだろうと思います。

もちろん、技術的なこととして、ハーモニーのつくり方、声の出し方、リズムのとり方などの話もありました。
足立さんが言うには、
ハーモニーで歌うこと、大きな声を出すこと、裏(2拍目)を打つというリズムなどは、
これまでの日本にはなかった文化であり、
わたしたちの身体には、リミット(制限)がかかっているんだそうです。
ゴスペルを歌うときには、そうした「リミット」を解除していきましょう、とのこと。

そこで、nikkou、はたと思いついて質問してみました。
「たしかに、私たちの体には、文化的なリミットがかかっていますが、
感性的には、すでにゴスペル音楽のリズムやハーモニーや発声に抵抗を感じることはなくなっているように思います。
でも、日本には、わたしたち以上に、文化的にも、感性的にも、ゴスペル音楽に抵抗を感じる世代がいますよね。
ご年配の方たちの前でゴスペルを歌うと、居心地の悪い思いをさせてしまうような気がします。
私は世代を超えて、ゴスペル讃美の喜びを分かち合いたい、と思っているのですが、
それは、難しいことなのでしょうか」

すると、20人ほどいたクラスの中から、
「私の教会でも、年配の方のご協力が得られない」という声があがりました。

足立さんは
「こんなことを言うと、怒られるかもしれないけれど…」と一瞬いいよどんで、
主イエスの次の言葉を引きました。
「新しいぶどう酒を古い革袋に入れる者はいない。そんなことをすれば、革袋は破れ、ぶどう酒は流れ出て、革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。そうすれば、両方とも長持ちする。」(マタイによる福音書9章17節)
足立さんが言いよどんだのは、
「古い革袋」という言葉が、多少ネガティブに解釈されることが多いためだと思いますが、
ここでは、ネガティブな意味合いよりも、もっと深い状況を言い当てているように思いました。

足立さんは続けて言います。
「たぶん、日本の文化のなかで、ゴスペルというのは、『新しいぶどう酒』なんだと思う。
それを、なんの配慮もなしに、これまでの日本の教会の礼拝につっこんでは、やはり『破れる』んじゃないだろうか。
そこは、慎重な配慮が必要だと思う。

そこで『新しい革袋』を用意する、というのも、ひとつの手段。
たとえば、ゴスペルは普段の礼拝ではなく、キリスト教を知ってもらうことを目的にしたコンサートや、若い人が多い夕拝(朝の礼拝に対して、夕方の礼拝)で用いるとか。
普段の礼拝で用いたいのであれば、
『証し』(歌の作者の個人的な体験談)をもとにした歌ではなく、
シンプルな『讃美』(神をたたえること)を歌ったものにして、
礼拝に出席している人たちに、歌詞について、十分に説明するとか。」

そこへ、足立さんの奥さんが補足をしました。
「教会でゴスペル・コンサートをすることになった場合は、
若い人たちだけで進めないで、
長くその教会を支え、信仰を守ってきた方たちにも、ゴスペルの歴史とか、目的とか、意味を、ちゃんと言葉で説明して、
音楽そのものを一緒に分かち合うことはできなくても、
『目的が果たされるよう祈りで支えてください』というふうに協力を求めてください。
そして、『支えてもらって当然』という態度ではなく、
素直に感謝を示すこと。
それでうまくいっている教会はたくさんありますよ」

これはnikkou、大いに反省を迫られるお話でした。

質問をしたのは、以前、ゴスペルに対して年配の方から「カルトを思い起こす」と言われたショックが尾を引いていたからなのだけれど、それよりもずっと大切なこと、まず、私は、ゴスペルを用いて、何をしたいのか、ということと、それをこれまで綿々とつながれてきたクリスチャンたちの想いと、どのように接続していくのか、ということを改めて考えさせられたのでした。
nikkou自身、ゴスペルを通して主イエスに出会ったということもあって、
ゴスペルへの思い入れが人一倍強い。
それゆえ、あまり配慮の行き届いていない部分があったかもしれない。謙虚さというか、礼儀のようなものが、十分でなかった。
広く視野をもって、ゴスペルも適切に用いながら讃美していこう、と思わされました。

(人間関係についても、示唆に富むお話がありましたが、それはまた、項をあらためて)。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

より以前の記事一覧